サブカル備忘録

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アニメ、映画、音楽、本

3月のライオンはどこへ向かうのか?

 以前、3月のライオンについてこんなことをこのブログに書いた。

羽海野チカは、ハチクロの「ボクとキミの閉じられた恋愛観」から、3月のライオンの集合として愛し愛されるような「擬似家族的なつながり」を描くようになったのだ。

疑似家族的なつながりを強調してきた3月のライオンは12巻で舵を大きく切った。これには賛否両論があったと本人もツイートしている。そこについて考えていく。

 

12巻は3月のライオンの変化点

まず、結論から言えば、僕は今回の12巻は賛否両論の「賛」の側だ。

この物語の今までの中心は、主人公である桐山零の抱える闇の部分である。今までの3月のライオンは、読むのが辛くなるような内容がとても多かった。例えば、零くんがどこにも居場所がないことや、川本家の次女ひなたちゃんをとりまくいじめ問題などである。その闇を説明するための前半部を終え、どうこの零くんを救うかという問題に舵を切ったのが今回の12巻である。個々のキャラクターが幸せに向かって進んでいく。

つまり、今までは状況説明の前フリであり、12巻以降がこのマンガの核心であると考える。だからこそ、この漫画の持つダークな部分が本質だと思っていた読者は裏切られたと感じ、ハチクロを期待していた読者にはやっと希望が見えてきて一安心するという評価が生まれる。

 

幸せな桐山零はつまらないのか

では、そんなダークな部分が完全に漂白された、幸せでハッピーな物語が今後進むのか?そう簡単ではないと思う。

少しだけ話はズレるが、東日本大震災直後、絆という言葉をテレビやネット様々な媒体で目にすることが多くなった。それは、電気などのインフラが止まり一時的ではあるが不自由な生活を強いられたことにより、人の絆を改めて大切にしようという気持ちになった。人々はそんな不安を植え付けられ、意識的にも無意識的にも「人とのつながり」を気にせざるを得なくなった。

話を戻すと、3月のライオンでは、というか羽海野チカ作品の多くは、そんな人のつながりを中心に描いている。ただ、そこで人のつながりを肯定するだけではなく、「つながりすぎると気を使うし、逆につながらないのもさみしい。」というめんどくさい人間の気持ちを表現している。それを踏まえると、今後の3月のライオンも単に零くんや川本家が幸せになるシンプルなストーリーではなく、もっとめんどくさい話になるだろうと想像できる。

だからこそ、12巻に批判的であろうともこれからの3月のライオンを追うべきであるし、未読の人は是非まだ間に合うので読んでほしいと切に願う。

 

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