サブカル備忘録

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アニメ、映画、音楽、本

震災とシン・ゴジラと君の名は。

君の名は。 シン・ゴジラ 映画

シン・ゴジラ』や『君の名は。』がヒットしている。この二つの映画について震災という観点から考えてみる。(両映画のネタバレを含みますので、鑑賞後に読むとより良いと思います)

 

 

ゴジラという災害

シン・ゴジラ』と震災についての議論は各所で行われている。そのため簡潔に述べる。この映画において、ゴジラは特に目的があるわけではなくただただ海から上陸して町を破壊する。ここでポイントなのは、目的がないということだ。例えば、宇宙戦争などであれば、宇宙人が地球を侵略して自分の土地にしようとするという目的がある。けれども、ゴジラにはそれがない。だから、ゴジラは、生物よりも自然に近い。つまり、ゴジラによる被害は自然災害とも言える。

また、別の側面から言うならば、海から侵入することで来る津波ゴジラ自体が原子力により動いていること、その後住民の測定によりゴジラの移動跡には放射線量が増加していることなど、このゴジラ災害が、東日本大震災原発事故を意識していることは明らかである。この辺はそもそもゴジラというものが第5福竜丸の水爆実験により生まれたという話にも繋がるが、それはまた別の機会にする。

本題に入ると、この『シン・ゴジラ』では、主に国家単位でどう災害に対処するかが描かれている。つまり、国単位であるからこそ、エヴァのシンジ君の葛藤など人間描写よりも、国としてどう動くかのシステムが強調されている。そのために、人が亡くなるシーンをあまりにもドライに描きすぎているという批判もある。だが、国単位で災害を描くということに注力したと考えれば、納得できるストーリー展開だと思う。

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君の名は。と災害

君の名は。』における災害とは、糸守町に彗星が落下したことである。

この彗星落下について多くは描かれていないが、甚大な被害を与え、町民の殆どが亡くなったことが語られる。また、その1200年前にも彗星が落ちることで今の湖が出来たことが作品内で示唆されている。ちなみにこの際には、大火事を起こすことで町民を強制的に避難させたことが映画内の宮水一葉のセリフから考えられる。これによって、祭りの起源を示す書類は焼けてしまったという汚点だけが後世に語り継がれているが。

 

さて、本題にはいろう。『君の名は。』は先のゴジラとは異なり、地方自治体単位での災害について捉えている。

しかし、ここでは地方自治体の限界が示されている。それは、ラストのシーンにおいて、三葉たちにより爆発事故のための避難放送が町内に流されるのだが、祭りの中で誰一人逃げないということに象徴される。

つまり、町内放送で、人は避難しないのだ。

 

東日本大震災において、避難勧告が出たにも関わらず避難せずに自宅にとどまった人が多くいたと報告されている。一方で、原発事故において、政府発表がないにも変わらず口コミによる情報だけで自宅から避難した人は多くいた。これは、国からの避難指示だけではなく、口コミや隣人からの情報という目に見えやすい形での情報によるもので人は動くということを示している。

 

君の名は。』において、町民を全て小学校の校庭に避難させるために取られた方法は、避難訓練とウソをつくことである。

避難訓練というのは、100年に一度の災害よりも圧倒的に僕らにとっては身近な存在である。だから、実際の災害よりも避難訓練と知らせる方が避難してくれるという、矛盾が生じてしまう。この点は今後、防災を考える上でとても重要な観点である。

 

 

震災と物語

シン・ゴジラ』ではゴジラ自体が、『君の名は。』では彗星墜落が災害として描かれている。災害において、大きく分けると二つの次元で物事が起こる。国家単位でどう処理していくかというマクロ的な面と、人々をどう避難させるかというミクロ的な面である。このマクロとミクロを描いた映画が、それぞれ『シン・ゴジラ』と『君の名は。』であると考える。

震災をきっかけに生まれた映画や物は多くある。良い物も悪いものの存在する。それは戦争にも同じことが言える。戦争があったからこそ現在の科学の進歩があったといっても過言ではないくらいの影響力があった。だからこそ、311も911も単に悲観するだけではなく、何かを見つけられるような経験になればいいのではないかと思う。

東京防災

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